公認会計士高橋正哉の実践ブログ

企業のビジョン達成を社外CFOの立場から実現する一方で、独立会計士又は上場企業の社外役員として自らも経営の一旦を担う筆者が、会計・財務の専門分野に限らず、日々の活動から、企業経営や自己成長のヒントとなるような事項・想いを素直に、ありのままに、お伝えすることを目的として綴っているブログです。

2014年10月

値決めは

企業や事業主にとって

最重要事項だと言われることがあります。

これは、

本当にそうだと思います。


価格競争に打ち勝つために、

値下げを繰り返し、

その結果、

必然的に量をこなすことが必要になって、

商品やサービスの質の低下を招くことになります。

当然、

未来に投資する時間やお金もなくなりますから、

将来的な成長も見込めないという状況になるのは明らか。

完全に負のスパイラルに陥ります。


容易に分かりそうなことですが、

売上を確保できない、固定費を回収できない

という恐怖からなかなか逃れることができない

というのが正直なところでしょうか。

私自身も、もちろん然り。


値決めにあたって大事なことは何かと

考えてみると、

「顧客が価格に対して
 想定する期待を上回る
 価値を提供すること」

だとは思いますが、

内面的な要素で、より重要になってくるのが

「自信」

ではないかと思ったりします。


自信があれば価格を高くすることができますし、

自信がなければ価格を安くせざるを得ません。


自信があるのに、

相場に合わせて安くしてしまうと、

サービス提供サイドとしてはモチベーションが下がりますし、

そのお客様に対しては優先順位を下げざるを得なくなります。

ですから、

私が顧客サイドの場合は、

自ら値下げを要望することはほとんどありません。


では、どれくらいの価格設定が良いのでしょうか。


(実績の数を増やしておきたい時に
 期間限定で安く提供するなどの
 ケースを除いて)

個人的には、

“身の丈にあった”上限ギリギリのラインで値決めするのが

良いように思います。


そうすることで、

サービス提供サイドも必死になって価値を提供しますし、

それがお客様にも伝わるので、

結果として双方が納得できるのではないか、

そんな風に考えています。


(まとめ)
■安易に価格を安くすることで、
必然的に量をこなす必要が生じ、
未来に投資する時間とお金を
確保できなくなる。その結果、
質の低下を招き、負のスパライルに陥る。

■価格は自信を映す鏡であり、
自信を持って値決めできるように
日々提供できる価値を高める
努力をし続けることが必要である。

■個人的には
値決めは”身の丈に合った”上限ギリギリ
のラインで行うのが良いように思う。

中小企業の決算書における

利益の意味合いについて考えてみましょう。

ほとんどの中小企業では

税務申告目的のために決算書が作成しています。

つまり、

税金を正しく計算するための決算書です。

(あるいは、税務調査で指摘を
 受けないための決算書)

あくまでも、

税金を正しく計算することが目的ですから、

税務申告目的の決算書では

会社の経営状態(自分の健康状態)を正しく把握するのは無理

とまでは言いませんが、

目的が目的なのでだいぶと割り引いて考えておく

ことが重要です。


例えば、固定資産は

耐用年数にわたって費用計上(減価償却)していきますが、

ほとんどの企業で設定している耐用年数は

国税庁が定めた耐用年数表に基づいています。


この耐用年数表(国税庁)で設定されている年数は

実際に使用する固定資産の年数よりも長いことはあっても

短いことはほとんどないというのが実状。


税金をなるべく多く取りたいというものが

背景にあります。


特に、店舗の内部造作の耐用年数(国税庁)は

30年~40年くらいで設定されていますが、

実際にそこまで使用することは

皆無というのが実態でしょう。

(業態にもよりますが、
 少なくとも10年前後で改装くらい
 はするはず。)

要は、

税務申告用の決算書では

利益が課題に計上される傾向が極めて強いわけですね。


それを理解しておくことが重要です。


上場企業でも国税庁の耐用年数表に基づいて

耐用年数を決めていることが多いのですが、

これは、

会計と税務の耐用年数を異なるものにすると

かなり実務上の手数が煩雑になるからです。


ちなみに

アメリカでは

会計用(経営実態を知るための決算)と

税務用(税務申告を行うための決算)で

完全に切り離した実務が行われているようです。


このような現実をご理解頂いたうえで、

自社の決算について一度向き合ってみるのも

良いかも知れませんね。


(まとめ)

■税務申告用の決算書では、
自社の経営実態を把握するのは
難しいと考えた方が良い。
そもそも目的が会計とは違う。

■例えば、
固定資産の耐用年数なんかは、
税法と実態が大きく乖離していることがあり、
店舗を多く持つような業態では決算書の
利益を疑ってみた方が良い。

■アメリカでは
税務申告用の決算と
経営実態を把握するための決算を完全に
切り離した実務が行われている。

■一度、
自社の決算を経営に活かせているか、
向き合ってみることが重要ではないか。

中小企業の多くは

月次決算書を作成していない、

あるいは、

月次決算を行っていても

現金主義(実際に入出金があった時に記帳する方法)

で記帳されています。


税務申告目的ならそれでも良いのですが、

経営実態を月次で把握して、適切な意思決定を行うためには、

発生主義(入出金ではなく売上や費用が実際に発生した時に記帳する方法)

での月次決算がマストだと考えています。
 

年間の数値目標を立てて「本気で」その達成を考えているのなら、

月次ベースで経営実態を把握しなければ話になりません。


月次ベースで年間目標との乖離状況をモニタリングし、

打ち手を考える

というPDCAサイクルを回している企業はやっぱり強いです。


ちなみに上場会社は発生主義で月次決算を組んでいます。

(月次で予算と実績との乖離状況を
 モニタリングする仕組みが
 機能しているかというのが、
 上場時に審査されますので)


月次決算を発生主義でくむというのは

とても大変なことのように思いがちですが、

これは、

最初に仕組みを作っておくかどうかです。


何でもそうですが、

仕組み作りのところが一番しんどいものです。

ここを乗り越えれば、後は巡航速度で進んでいくわけです。


ちなみに、

記帳業務は税理士事務所などに外注するのではなく、

社内でやった方が良いです。

外注するとなかなかタイムリーな月次決算を行うことが出来ないから。

スピードも大事です。


このように書くと

そんなことやっている暇はない、

あるいは、

そんなに人を雇えないという声が聞こえてきそうですが、

最初の仕組み作りのところがちゃんとできれば、

ここもクリアできるはずです。

(経理人員が一人もいないなどのケースでは
 外注して社長は本業に専念した方が良いです)


ほとんどの中小企業が

自分の健康状態を正確に把握せずに

やみくもに1年間走り続けているのですから、

発生主義の月次決算を組んで

自分(企業自身)を見つめ直すだけでも

随分と状況が変わるのではないか。


そのように考えています。


(まとめ)

■ほとんどの中小企業の月次決算は
現金主義で作成されており、
残念ながら経営には役立たないものとなっている。

■自分の健康状態が分からない中で、
適切な打ち手が打てるのかというと、疑問。

■発生主義での月次決算は手間がかかる
と思われがちであるが、
最初の仕組み作りのところを乗り越えれば、案外簡単。

■本気で目標達成を考えている企業は、
発生主義での月次決算を行っており、
スピードも速い。

多くの方が現状に満足することなく、

目の前の仕事や得たい未来に向かって進んでおられることと思います。


もちろん(例外なく)

私自身も現状に満足しておらず、

日々、自問自答し、右往左往しながらも、

歩み続けているわけです。


そして、

そのような歩みを続けていると

どうしても避けて通れないことがあることに気が付きます。


それは、

「現状を破棄しなければ望む未来は得られない」

ということ。


この幼稚極まりない内容のメルマガを作成するという行為自体も

ある意味、それまでは「リラックス」という大義名分のもと、

浪費していた(であろう)時間を削って(破棄)のことであります。

(望む未来は何億光年も
 先にありますが・・・)


つまり、

望む未来を得る、あるいは、望む未来に少しでも近づくためには、

安全安心快適な部屋で寝そべっていてはいけない

ということ。


しかしながら、

(私を筆頭に)多くの人が現状を破棄することに対する抵抗が強く、

新しい扉を開けないでいるのではないかというのが率直な感想です。


思い返してみると

会計士試験の勉強に没頭した時も、それまでの生活スタイルを見直しましたし、

独立した時も、安定収入や大組織の看板というものを捨てたわけですが、

これらは「現状を破棄する」ということだったのかなと思います。


当時は「現状を破棄」するなんていう発想はなく

ただただ将来の不安と闘ってきましたが、

「現状を破棄しなければ望む未来は得られない」

ということを理解できてからは、少し楽になれました。


もちろん、

今でも「現状を破棄」することに対する葛藤は大いにあります。

それでも、

少しの勇気と覚悟があれば突き進めると分かりました。

(これこそが財産です。)


もし、

現状を破棄するつもりもなく、ただただ現状を憂うということがあったとすれば、

それだけは回避しなければなりませんね。


(まとめ)

■現状を破棄する覚悟がなければ、
望む未来を得られないのではないか。

■現状の安全安心快適な領域を侵すつもりもないのに、
望む未来を得たいというのは、少々都合の良い話。

■思い返してみると、
現状を思い切って破棄した時に、
新しい未来の扉が開かれたような気がする。

■現状を破棄する葛藤はもちろんあるが、
今後も引き続き、少しの勇気と覚悟で
望む未来へ少しずつ近づいていきたい。

以前、

会計とは

企業のお金の流れを記録すること

それ以上でもそれ以下でもない

と申し上げました。
(「記録」がもの凄く
 重要なのですが・・・)

つまり、

会計は一般的に「過去の記録」と捉えられているわけです。


しかしながら、

上場企業が適用する会計基準の世界では、

それだけ(会計=過去の記録)では収まらないような面が多分に含まれています。


どういうことかと申しますと

資産の金額を決定するのに、

その資産を使用して得られるであろう「将来」キャッシュ・フローを使ったりしているのです。

例えば、

100円で取得したものでも、将来50円しか得られないのであれば、50円で計上し直すという会計処理を行ったりしています。

しかも、

その「将来」というのが、10年後や20年後、さらには半永久的に!!というケースもあります。

正直なところ、

1年後や2年後でさえ、分からない世の中なのに、

何十年後のことを予測して会計処理するのですから、

相当な不確実性が伴うわけです。


そういう意味で

会計には「アート」的要素が多分に含まれている

と思っています。


「アート」ということは

(誤解を恐れずに言うと)

「いかようにでも表現できる」

ということになりますが、

少なくない割合の人が、そのような事実を知らずに、

決算書を見てみたり、(株式)の投資意思決定を行ったりしているように思われるのです。


とは言え、

個別具体的な会計基準の内容は、ほとんどの方にとって、知る必要性の低い事であり、

勉強することの費用対効果も決して高くはありません。


そうであるならば、

「会計にはアート的要素がある」

ということだけでも知っておいて頂ければ、

随分違った見え方がするのではないか。

そんな風に考えております。


(まとめ)

■会計は企業のお金の流れを記録することに他ならないが、
一方で、(上場企業が適用する会計については)アート的要素が
多分に含まれている。

■アートということは、
(誤解を恐れずに言うと)いかようにでも表現できるということでもあり、
これを前提に決算書を眺めることが重要である。

■これを理解していないと、決算書の見方を誤まったり、
株式の投資意思決定を誤るということも、ないとは言えない。

■会計にはアート的要素が含まれている
ということだけでも知っておけば、随分見え方が変わるのではないか。

表面上はなかなか分かりませんが、

人それぞれ人生の中で大変な時というのがあります。


私も少なからず、

大変な時というのがありました。
(レベルはとても低いですが)


「明けない夜はない」

というのは頭で理解してはいても、

その状況にいる時はなかなか心と体は理解してくれないものです。


しかし、

そのようなときこそ、

自分にとって大事な方というのが分かるように思います。

(誠実に生きておれば)

損得勘定なしに手を差し伸べてくれる方というのが現れるような気がします。

このような方は自分にとって本当にかけがえのない財産となります。

感謝してもしきれない存在となります。

一生涯忘れることはありません。


また、

このような大変な経験を乗り越えれば、

一つ語れるものができますし、
(肯定的な解釈で意味付けしていれば)

人の痛みや気持ちも

より深く理解できるようになります。


そのように考えると

ピンチは様々な無形の財産を運んでくれるように思うわけです。


ということで、

自らピンチを呼び寄せるのは難しいにしろ、

大いに歓迎するようにしたいと思います。


(まとめ)

■自分が大変な時に手を差し伸べてくれるような方というのは、
本当にかけがえのない財産であり、感謝してもしきれない。

■ピンチを乗り越えれば、語れるものが一つ増えるし、
人の痛みや気持ちも、より深く理解できるようになるのではないか。

■ピンチな状況を大いに歓迎するという姿勢が大事ではないか。

本気で取り組まないと、本気で語れない。

あるいは、

本気で考えていないと、本気で語れない。

これは、

本当にそう思います。


自信のないことをお話するときは、

なんとなく声がうわずっている感じがします。

ごまかしているような、

くすぐったい感じがあります。

そういう時は必ず、

「え~~~~っと」
「え~~っと、あの~~」

みたいに無駄な言葉が確実に増え、

それが、自分自身、気にもなります。

つまり、

「伝えたい!」という気持ちが二の次になっているわけです。


これに対して、

本気で取り組んだことや

本気でそう思っていることを語るときは、

くすぐったい感じや、

「えっと、あの~」

のような無駄な言葉がほとんど気にならなくなります。


なぜならば、

感情がノッているから。


言葉が躍動している感じです。


本気で取り組んだからこそ、

見えてくる世界があるし、

語れる情熱が生まれてくるのだと思います。


ということで、

暑苦しさ満載でお届けしました。

和泉市からは以上です。


(まとめ)

■本気で取り組んでいないことを語るときは、
声がうわずったり、くすぐったい感じがするものである。

■本気で取り組んで初めて、
語りたいと思うし、語れる情熱が湧いてくるものではないか。

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