公認会計士高橋正哉の実践ブログ

企業のビジョン達成を社外CFOの立場から実現する一方で、独立会計士又は上場企業の社外役員として自らも経営の一旦を担う筆者が、会計・財務の専門分野に限らず、日々の活動から、企業経営や自己成長のヒントとなるような事項・想いを素直に、ありのままに、お伝えすることを目的として綴っているブログです。

カテゴリ: 仕事感


■独立してから特に

 コンサルティングを受けたり、
 無形のサービスを受けたり、

 ということが多くなってきました。

 そこで感じるのは、

 サービスを提供する側の覚悟や真剣度によって
 サービスを受ける側の満足度は大きく変わる

 ということ。

 一言で言えば、

 「逃げないか」

 ということかも知れません。


■このようなことを
 感じるようになってからは、

 より一層、

 自分がサービス提供サイドに立った場合の
 気持ちの入り具合に敏感になってきました。

 身の引き締まる思い、とは
 まさしくこのようなことを言うのでしょう。

 今もこのメルマガを書きながら、

 「書いたからには、
  ど真剣に取り組む」

 しかないという状況に自分を追い込んでいます。


■もちろん、
 知識や経験は大事ですし、

 ある一定ラインの成果を
 クライアント様に出して頂くだけの実力も必要です。

 しかし、

 それと顧客の満足度というのは、
 必ずしも紐づくものではないようにも思われます。


■人間は感情の生き物です。

 成果が出ていたとしても
 不快な感情を抱くような対応をしていれば顧客は遠のいていきます

 感情レベルでは不満を抱くことになるわけです。

 ここが難しいところです。


■私自身の個人的な見解ですが、

 お客さまは「こいつ逃げないか」
 ということを最終的に見ているように思います。

 ここには、

 もはや金額の多寡もあまり関係がなく
 単にコミットしているか、ということに尽きる

 そんな風に感じたりもします。


■全身全霊をかけて向き合う姿勢が
 顧客の満足度に大きな影響を与えて行動を促すことにも繋がります

 このような「正の循環」が回り始めることが理想。

 いつの時代も手抜きはだめです。

 本日は
 より自戒を込めて書かせて頂きました。


(まとめ)
■感情レベルで不満があれば、
 それは顧客満足を満たしたことにはならない。

■顧客は知識や経験よりも
 意外と相手の真剣度を見ていたりするもので、
 最終的に「こいつ逃げないか」ということが
 満足度と大きく関係してくるようにも思う。

■つまるところ、
 全身全霊をかけて相手の成果にコミットし、
 取り組む姿勢というものが最も大事なのではないか。
 


■本日、お声がけ頂いた、


 とあるベンチャー企業の経営陣の方から
 (私にとって)嬉しいお言葉を頂戴しました。

 詳細は伏せますが、

 「経験の多寡ではなく、
  誠実性で判断している」

 とのお言葉。


■私自身は誠実でありたいと思っていますし、
 そのように接するように心掛けてはいますが、

 もともとが、

 できた人間、なんてことは全くありませんので、

 「誠実」ということに関して、

 意識的有能と無能の世界をいったりきたりしています。

 それでも、

 誠実という言葉を意識にのせて、
 日々過ごしていれば、多少なりとも

 自分が成りたい姿(⇒誠実な人間)に近付ける

 と考えています。


■実は、

 私自身も困っていることに関して
 どなたかに相談させて頂く際には、

 経験の多寡よりも、
 誠実性や本気度で判断させて頂くようにしています。

 この点に関しては、
 人それぞれご意見や程度の差はあろうかとは思いますが、

 「誠実性や本気度」

 が顧客の購買判断に占める割合は思っている以上に大きい

 というのが、私の感覚です。


■自分が商品を購入する側や
 サービスを受ける側に立てば分かります。

 特に無形のサービスを、
 提供するようなビジネスの場合には、

 成果が見えにくい分、
 (その分、波及効果も大きいのですが・・・)

 誠実性や本気度、
 といったところが拠り所になってくる

 そんな風にも思います。


■というわけで、

 私自身、誠実、かつ、ど真剣に
 目の前のことに取り組むように決意を新たにしました。

 今日はこの辺で。


(まとめ)
■購買判断において大切な要素が、
 相手側の誠実性や本気度である。

■購入サイドの立場を経験すれば分かるが、
 思っている以上にこれらの要素は大きいもの。

■誠実、かつ、ど真剣に取り組んでいきたい。


■それなりの頻度で、
 公認会計士って何をする人なんですか?

 と聞かれることがあります。

 色々あると言えばあるのですが、最も代表的なのが会計監査。

 主に上場企業などの大企業の決算書が正しく作成されているか?

 ということをチェックしてお墨付きを与える。

 これが公認会計士の独占業務となっています。


■試験に合格するとだいたいの人が
 監査法人というところに就職して、

 この会計監査というお仕事をするようになります。

 長い人であれば30年とか35年
 会計監査している人もおられますし、

 逆に会計監査は肌に合わないということで
 早々に会計監査から離れて違う仕事をしている

 という人もおられます。

 どちらが多いかと言えば前者の割合の方が多いように思います。


■私自身も7年半は監査法人に勤めていましたし、
 今現在も会計監査のお仕事もしています。

 (会計監査は奥深い仕事で好きな仕事の一つ)

 長年やってきて分かったことですが、

 会計監査で最も身に付く能力は何かと申し上げますと、

 「会計数値が正しいかを検証する力」

 逆に言えば、

 会計数値の正確性を検証するのは得意であるが、

 「業績を伸ばすために
  数字(会計)管理するとはどういうことか?」

 といった「活(生)きた会計」を体で理解している会計士は少ない

 というのが実態であろうかと思います。


■会計や数字というものは
 経営に活(生)かすことができて初めて、

 「地に足の着いたもの」となります。

 一方で、

 上場企業に適用される会計基準は
 複雑難解すぎるところもあったりして、

 経営に活(生)かすという観点からは

 「どうでもええやん(!)」

 という論点も数多く存在しています。

 (投資家保護の観点からはまた別の話)


■正直なところ、
 昔からこのようなところに違和感を感じていました。

 会計理論を追求し過ぎて
 机上の空論になってしまっては元も子もありません。

 しかし、

 「会計は経営にとって極めて重要」

 今はこのように言い切れます。

 たくさん回り道もしましたが、

 最近ようやく、

 「業績を伸ばすため」には会計や数字管理が必須

 ということも肌感覚で掴めてきました。

 会計を目的とするのではなく

 活(生)きた会計を徹底的に追求する

 改めて
 そのように決意を新たにしています。

 今日はこの辺で。


(まとめ)
■会計士は数字の正確性を検証することが得意ではあるが、
 数字を活(生)かすことに不慣れな人が多い。

■本来、
 会計は経営に活かすことができて初めて
 机上の空論から地に足の着いたものとなるのである。

■会計を目的とするのではなく
 会計を手段とする世界で生きたいと思う。
 

■昨日は、

プロが心得ておくべき倫理の基本、
社会的責任として、

「知りながら害をなすな」

ということをお伝えしました。

本日も続けます。


■案外、

知りながら害をなしているケースが多い

というのが私の感覚ですが、

社会問題となっているような事柄、

例えば、

粉飾決算、
車のリコール問題、
食品の産地偽装問題、
政治家のお金にまつわる問題、

など、その多くは、

知りながら害をなしてしまった結果、
起こってしまった問題

と言えるでしょう。


■つまり、

プロとして基本中の基本を
守らなかった(守れなかった)結果、

道を踏み外してしまった

と言えるのではないかと思います。


より踏み込んだ見方をすれば、

既に、

 業界としての常識が 
 知りながら害をなすもの

といったケースも少なくない。

そんな風に思われます。


■業界の常識は世間の非常識
 と言われたりもしますが、

「業界では当たり前」

なんて言葉が出てきたら黄色信号。

たとえ、

口(言葉)にはしなくても、
体が業界体質になっている

というケースも多いように思います。


■改めて考えてみると、

「知りながら害をなすな」

というのは、

小学校の道徳の授業で出てくること。

そんなことさえ守れない大人がたくさんいる

というのが、現状なのですから、

 当たり前のことを
 当たり前のようにできる

ことが極めて大事だと思うのですね。

今日はこの辺で。


(まとめ)
■社会問題となっている事柄は
知りながら害をなしてしまった結果、
起きているものが多い。

■よくよく考えると、
知りながら害をなすというのは、
小学校の道徳の授業でならったこと。

■当たり前のことを当たり前のように
「できる」ということが大事ではないか。


■昔から、

会計士という職業柄、

「プロとは何?」

ということを考えたりします。


■例えば、

▼顧客に期待以上の価値を与える人

▼顧客の利益にコミットしている人

▼当該分野で圧倒的な
 実績を兼ね備えている人

▼結果にこだわる人 などなど

色々な意見があり、いずれも

これらはこれらで、
全然間違っていない

と思うのです。


■しかし、

私自身が一番深く考えさせられるのは
ドラッカーが記したこちらの言葉。

少し長いですが・・・


↓↓ ここから ↓↓

プロにとって最大の責任は、

2500年前のギリシャの名医
ヒポクラテスの誓いのなかに
はっきり示されている。

「知りながら害をなすな」

である。

医者、弁護士、ビジネスマンのいずれであろうと、
顧客に対して、必ず良い結果をもたらす
との保証を与えることはできない。

「最善を尽くす
 ことしかできない。」

顧客となるものが、
プロたる者は知りながら害をなすことはない
と信じられなければならない。

これを信じられなければ、何も信じられない。

従って、「知りながら、害をなすな」との言葉こそ、
プロとしての倫理の基本であり、社会的責任の基本である。

↑↑ ここまで ↑↑


■いかがでしょうか。

「わかっていながら、
 お客さまの損失になるような
 ことはするな」

ということです。

自分にとって、

短期的には批判を浴びるとか
損失になるようなことであったとしても、

顧客にとって本当の利益

だと思うことはお伝えしなければならない。

顧客の長期的利益にとって
重要であると思うことは、

顧客との関係が終わりになってしまうとしても、

きっちりお伝えすること。

「そのような覚悟ができているか」

「腹を括っているか」

そんな風に解釈しました。


■実際のところ、

知りながら害をなしているケースというのは、

意外と多いように感じます。

プロたるもの、いかなる時も

知りながら害をなすことはあってはならない。

シンプルで当たり前のことかも知れませんが、

本当に出来ていますか?

ということです。

自戒を込めて。


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(まとめ)
■プロとは何か?という問いに対しては、
様々な回答があると思われるが、
その中で私自身響いているのは
「知りながら害をなすな」という言葉である。

■基本中の基本かも知れないが、
お客様の利益より自己の利益を
優先するようなことをしていないか。

■自分にとって不利益である場合にも、
はっきりお伝えする覚悟があるか。
腹を括っているか、ということが大事だと思う。
 


■昨日、


やる気に依存しないシステムを
稼働し続けることが

日々の生産性を上げるためには不可欠

というようなことをお伝えしたしました。


■具体的には、

「やる気」と「行動」を分ける

ということが大事であり、

やる気がなくても、

「ただそれだけのこと」

であって、

「淡々とやる」

ということを意識するのが良い。

そんなお話をいたしました。


■これに関して、

脳の構造から「やる気」の出るメカニズムを

ご教示頂きましたので、

ここでご紹介させて頂きます。

(Yさん、ありがとうございます!)


■脳には、

「やる気」を生み出す場所があり、
 脳の真ん中あたりにある

 側坐核(そくざかく)

という部分の神経細胞が働くことにより、

「やる気」が出るそうです。

この側坐核を自分でコントロールして
やる気を調節できればベストなのですが、

なかなか思うように活動してくれないとのこと。


■しかし、

やり始めてみると、やっているうちに、
側坐核が自己興奮して、集中力が高まり、

気分が乗ってくる

ということがあるようです。

言われてみると、

たしかに、その通りであり、

「やっているうちに
 気分が乗ってきた!」

なんてことは、よくあることです。


■脳のメカニズムについては、

よく知りませんでしたが、

「やる気」と「行動」を分けることで、

結果として、

側坐核を刺激して「やる気」を引き出している

という状態になるのですから、

ますます、

「淡々とやり続ける」

ことの重要性を再認識できました。


引き続き、

ひたすら淡々とやり続けましょう!


(まとめ)
■やる気は、
側坐核の神経細胞が活動することにより、
引き出されるものであるが、
自分の思うようには活動してくれないもの。

■しかし、
とりあえず始めて見ると、
そのうち側坐核が刺激され、
やる気が湧いてくるという構造らしい。

■だからこそ、
「やる気」と「行動」を分けて、
やる気がなくても、淡々とやる
ということが極めて重要なのである。


■最近、


ピーク・エンドの法則

というものを、

特に意識するようにしています。


■ピーク・エンドの法則とは、

「自分自身の過去の経験を、
 ほとんど完全にそのピーク時に
 どうだったか
 (嬉しかったか悲しかったか)
 ならびに、
 それがどう終わったか
 だけで判定する」

という法則を言います。

(以上、Wikipediaより引用)

つまり、

▼ピーク時の印象

と、

▼終わり方の印象

の2つが、

物事の印象を決定付ける
重要なファクターになるということ。


■私なりに

このピーク・エンドの法則から、

学ぶべきことを考えた場合、

「最後の詰めは
 徹底的にこだわる」

ということになります。

特にお客さまに対して、

価値提供するような場面では重要だと考えています。


■ともすれば、

最後の詰めが甘いがために、
今までの努力が水の泡

とまではいかなくても、

努力の総量に比例した評価を得られない

ということは往々にしてあります。


■私自身も最後の詰めが甘いがために

ご迷惑をお掛けしたという経験がありますし、

周りでそのような場面を見聞きすることもあります。

最後の最後で気をゆるめて

そのような評価を下されることだけは避けたいもの。


■だからこそ、

最後の最後は気を引き締めて事にあたるということが

大事になってくるわけです。

終わりよければ全て良し

という言葉もありますが、

経験則からしても概ね間違いないでしょう。

引き続き、

最後の詰めには徹底的に拘りたいと思います。


(まとめ)
■過去の経験は、
ピーク時の印象と終わり方の2つの要素に
大きく決定付けられるという
ピーク・エンドの法則というものがある。

■これを応用すると、
最後に最後にピークを持ってくれば、
相手に与える印象というものが
随分と変わってくるということ。

■ともすれば、
最後は気を緩めてしまいがちであるが、
終わりよければ全て良しという言葉にもある通り、
最後こそ徹底的に拘るようにすることが大事ではないか。

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